研究領域の現状 145
斉 藤 真 司(教授) (2005 年 10 月 1 日着任)
A -1) 専門領域:理論化学
A -2) 研究課題:
a) 過冷却水のダイナミクス、多孔質媒体中の粒子のガラス転移の理論研究 b) 生体高分子における構造揺らぎと反応の理論研究
c) 多次元分光法による凝縮系ダイナミクスの理論研究
A -3) 研究活動の概略と主な成果
a) 液体を急冷すると,融点で結晶化せずに過冷却液体さらにはガラスとなる。水においては,2種類以上のアモルファ ス状態が存在し,その密度揺らぎは非常に興味深い。我々は,分子動力学計算を用い過冷却水の構造・密度・エ ネルギー揺らぎの解析を進めている。また,薄膜や多孔質媒体などの制限空間におけるガラス転移に関する研究も 進めている。バルク状態で液体相であっても,固定粒子の増加とともに運動が遅くなりガラス相に変化すること, 固定粒子の密度により2種類のガラス転移が存在することを明らかにした。さらに,パーコレーション閾値に近い 非常に高い固定粒子密度において,流動粒子密度を増やすと自由体積が減少するにも関わらずガラス相から液体相 に転移し,さらに流動粒子密度を増やすと再びガラス相になるリエントラント現象があることを明らかにした。 b) G T P 結合タンパク質 R as は癌原遺伝子産物として知られたシグナル伝達タンパク質である。G T P と結合した活性
型の R as は R af などの標的タンパク質に結合し,シグナルを下流に送ることにより細胞増殖が進み,GT P が加水分 解され G D P となると R as は不活性型となる。G T P の加水分解が抑制され R as が活性型に固定されると,細胞増殖 が異常に続き癌となる。これまでの実験研究から,加水分解の前後で R as が構造変化することが知られている。我々 は,GT P 加水分解反応前後の構造や揺らぎの変化が,どのように反応(機能発現)に影響しているか分子動力学法, 電子状態計算を用い調べている。その結果,G A P の結合により加水分解反応に関わる水分子の動きが抑制され, 反応の妨げとなる揺らぎを抑えていること等が明らかとなってきた。現在,反応機構の解析も進めている。 c) 凝縮系のダイナミクスを解析法として,多次元分光法の理論解析を進めている。我々は,2次元赤外分光法により
水の分子間運動の理論研究を行っている。その結果,衡振運動の相関が約 110 f s で喪失すること,また,約 180 f s で衡振運動から分子間並進運動へ緩和することを明らかにした。さらに,非調和性の強い水の分子間並進運動が, これら運動の相関の喪失および緩和に大きな影響を及ぼしていることを明らかにした。このように,水中の速い緩 和が,高速な衡振運動の存在だけによるものではなく,衡振運動に比べ3倍以上も遅い分子間並進運動によって引 き起こされることを明らかにした。
B -1) 学術論文
M. KAMIYA, S. SAITO and I. OHMINE, “Proton Transfer and Associated Molecular Rearrangements in Photocycle of
Photoactive Yellow Protein; Role of Water Molecular Migration on Proton Transfer Reaction,” J. Phys. Chem. B 111, 2948–2956 (2007).
B -4) 招待講演
S. SAITO, “Theoretical Two-Dimensional Spectroscopy of Water,” Japan-Korea Symposium, Jeju (Korea), July 2007.
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S. SAITO, “Theoretical Two-Dimensional Spectroscopy of Water,” Joint Conference of JMLG/EMLG Meeting 2007 and 30th Symposium on Solution Chemistry of Japan, Fukuoka (Japan), November 2007.
B -7) 学会および社会的活動 学協会役員、委員
理論化学討論会世話人会委員 (2002– ). 分子シミュレーション研究会幹事 (2007– ). 日本化学会東海支部幹事 (2007– ).
B -8) 大学での講義、客員
名古屋大学理学部 , 「物理化学基礎」, 2007年前期 .
総合研究大学院大学物理科学研究科 ,「機能分子基礎理論」, 2007年 7月–9月.
東京大学大学院総合文化研究科 , 相関基礎科学特別講義I「溶液の分子論的ダイナミクスと分光解析」, 2007年 12月 10日– 12月 12日.
東京大学大学院総合文化研究科 , 客員助教授 , 2005年 4月–2006年 3月,客員教授 , 2006年 4月– .
B -10)外部獲得資金
特定領域研究(計画研究)「空間・時間不均一ダイ, ナミックス理論の構築」, 斉藤真司 (2006年度 –2009年度 ).
基盤研究 ( B ) (2) , 「化学反応および相転移ダイナミクスの多次元振動分光法による理論解析」, 斉藤真司 (2004年度 –2006年 度 ).
基盤研究 (C )(2), 「凝縮系の揺らぎおよび非線形分光に関する理論研究」, 斉藤真司 (2001年度 –2002 年度 ). 基盤研究 (C )(2), 「溶液内化学反応と高次非線形分光の理論研究」, 斉藤真司 (1999年度 –2000 年度 ).
奨励研究 (A ), 「溶液の高次非線形分光と化学反応ダイナミクスの理論研究」, 斉藤真司 (1997年度 –1998年度 ).
C ) 研究活動の課題と展望
我々は,液体や過冷却水のダイナミクス,多孔質媒体における粒子のガラス転移,生体高分子における構造揺らぎと反応, さらに,多次元分光法に基づくダイナミクスの理論研究を進めている。
液体や過冷却液体のダイナミクスの解析として,過冷却水の解析を行っている。ポテンシャルエネルギーの変化,密度変化 によるエネルギー揺らぎの変化を明らかにし,液体構造変化に由来する遅い揺らぎの解析を進める。
多孔質媒体における粒子のダイナミクスの詳細は,未だに明らかになっていない部分が多い。今後,2種類のガラス転移に おける揺らぎの違い,リエントラント現象における流動性の回復の分子論的機構などについて解析を進める。
生体高分子における構造揺らぎと反応の解析として,細胞増殖に関わるR as におけるGT P の加水分解反応の解析をさらに進 める。とくに,GT P の加水分解反応がどのような機構で,また,何によって引き起こされるのかを明らかにする。
多次元分光による凝縮系ダイナミクスの解析として,2次元赤外分光法に基づく理論研究を過冷却水や氷へと展開し,温度, 構造により緩和過程がどのように変化するかを明らかにする。さらに,溶液系の1次元および多次元分光法の解析を行い,溶 質の存在により水の運動がどのような影響を受けるのかなど溶液のダイナミクスの詳細を解析する。